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逃げの人生

sakuraです。

わたしは昔から嫌なことがあると逃げてきました。

何十年か前、日本の生活が嫌な時はアフリカに逃げたし、アフリカの生活が厳しくなると日本に逃げたし、また嫌になると最近の話では、南米に逃げたし、。。

学校に通っていた時も逃げていました。

体育の授業が、とくに球技が大の苦手で、嫌で、ボールが強かったんですね。体育で球技のある時はずる休みしていたし(よく卒業できたと思います)、嫌なクラスメートがいたら、特に対決するのではなく目につかないところに逃げていた。

職場でも嫌な人言関係があったら、そのひとの影響力の及ばないところに行った。

これって発端はネガティブな感情なんだけど、でもそれが動機になって、自分自身の能力を上げることにつながっていたんだと思う。

 

逃げることと成長すること

アフリカに逃げるためには、そこで生きていくためのそれなりの語学力、専門性というものがなければ、単身アフリカに行くことなんてできないし生きて帰ってこれるわけもない。南米だって同様です。

体育をサボっても学校を卒業できたのは、それ以外の成績で超優秀マークが付いていたからです。そのために徹底的に頑張った。

職場で自分の思うような人間関係を作るためには、自分が上に上がる必要がある。そのための資格など能力をどんどん上げていった。結果として嫌な人が他の届かないところに行けた。

けっきょく、環境を変えるためには、自分を変えるしかなかったんです。自分が新しい環境に行くためには、その環境に相応しい自分になるしかなかった。それが能力向上に、いつの間にかつながっていたんです。

逃げるっていうことはあまりいい印象を持っていない言葉だけど、そういう行動もいいのかなって、後になってから思います。

 

環境の変化と逃げること

今思えば、そういう嫌な環境というものを感じるってことは、その環境が、自分のレベルに合っていないということなんじゃないのかな?

だから、本当の自分の居場所を探したくなって、それに向かって新たな目標ができて、だからこそ頑張れる。

これが例えば、親や教師に言われた目標だったら、こんなに真剣に頑張れないんじゃないかと思います。

自分の現状を変えたくて、環境から逃げだいたいと本心から思っているからこそ、自分の立てた目標に突き進む原動力になったような気がします。

そう考えると、逃げることはけっこういいことなんじゃないのかな?

甘いかな?

逃げる=チャレンジ

って言い換えるとかっこいい感じになるんですけれども。